常に正論で来る人に辟易してしまう。あなたに弱みは全くないのか?

こんにちは。「ネガおじ」こと、ネガティブおじさんです。

前回のブログで、危機的状況にある会社の現状の改善を訴える書面を各マネージャーに送信した件を書きました。

その後一部の方は「一度みんなで集まろう」と反応してくれたため、上席マネージャーに声掛けをお願いして、ミーティングがありました。

内容は業務の根幹部分に関わることで、会社側に対して進言していく必要があるヘビーなものなので、当然1回や2回のミーティングで結論が出ることではなく、色々なことを手探りでもやり始めていかなければいけないという議論にはなりました。

要は一歩前進ということにはなったのですが、私の今回のやり方に何かと意見をしてくる人もいました。

まずは唐突に提言書を送ったことに対して、「いきなり送られても困る」、「何をどうしたいのかの説明が不足していた」、「送った以上自分で責任もってみんなに直接声掛けするべきだった」等々。

おっしゃることはわかります。確かに正論です。

私もこのやり方がベストだったとは思っていません。内向型ゆえ、いわゆる根回しとか調整ということが上手く出来ないのです。

それと私としては個々が思っていたり、動いていたりしても全マネージャーで共有されていない部分が多々あり、結果として会社側に社員の思いが届いていないため、少し普通の手順とは違うやり方で、自分が論破される前にとにかく提起することがまずは必要だと思ったのです。

おかしいことをおかしいと、まずは声を上げることを第一の目的としていたのです。

いいたいことを言われて最後には「まあ、こうして議論するきっかけにはなったよね」って。

なんでしょう。こうした場で必ず正論オンリーでくる人っていますよね。

言うことはわかります。だって正論なんだから。もう反論のしようがないですよね。

だけど、これまでそれが出来てこなかったから、今の状況になってしまってるんですよ。

正論通りに事が運ぶなら、こんなミーティングだってそもそも必要ないです。

書店に並ぶビジネス書やネットには、様々な問題をどう解決していくかというソースはいくらでも溢れています。

そうした教えを参考に、会社として定められた業務を定められたとおりに各人が粛々と実行すれば、何も問題ないはずです。

ではその通りに出来るのかというと、理屈通りにいかないのが世の常です。

何故なのか?

私はこの頃つくづく思います。

結局、それを実行するのが人だからです。

人は機械じゃない。

だから、たとえ完璧なマニュアルがあったとして、その通りにやったとしても、答えは同じになるとは限らないんです。

もちろん最低ここのラインは出来ていないと、業務として成立しないという部分に関しては、教育なり指導なりをしていくことは当然です。

しかしそれ以外の部分で、人によって対応や結果が違ってくることに対して、どれだけ寛容でいられるか。

私が職場で今最も痛感するのはこの部分です。

ここに正論をかぶせてきて、人それぞれのやり方や結果を否定してもそれが何の解決になるのか?

この世に完璧な人なんてどこにもいません。

正論を吐く人は自分には非がないと思っているのでしょうか。

その人だって今起こっている問題に関してはたまたま自分の弱点が見えない立場にいるだけなのかもしれません。

正論を振りかざしダメ出しするだけで、出来ていないことや人に対して思いを馳せられない人に私は共感することが出来ません。

まずは解決に向けて少し前進したのは確かですが、内向型として最も不得手なことに巻き込まれ、不得手なことをしようとしていること、そして不得手な部分を突かれることに、とにかく疲れました。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. ひだ より:

    ひだです、こんばんは。
    まあ正論というか、他人の行ったことに後から口だけで批判するほど楽なことはありませんしね(笑)
    内向型であるにもかかわらず敢えて提言をなさったネガおじさんは勇者だと思います。

    • ネガおじ より:

      ひださん、コメントありがとうございます。
      返信が遅れ申し訳ありません。

      勇者なんてとんでもないです。
      いい歳して、いつまでたってもうまく立ち回れない自分にほとほと嫌気がさします。
      つくづく組織で働くことに向いていなんだなと痛感します。

      内向型の特徴で、出来ない事に気を揉みすぎなのかなとは思います。
      どうしたらいい意味で開き直れるかが、自分の課題です。